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2002年12月の1件の記事

訳せなかったせりふ  02/12/03

書き上げて、十日ほどたちました。ようやく平常な生活に戻りつつあります。

本文を書き上がると、
編集さんのチェックとは別に、校閲さんのチェックが入ります。
この校閲さんの仕事って、ほんっとうに大変。
漢字や、言葉の使い方の間違っているところを指摘することなど、ほんの朝飯前。
『○○ページは「見える」で△△ページは「みえる」になっているが、
どっちに統一するのか』ということやら、
『前の巻の××ページででメロヴェは15歳とあるが、
ここで17歳とあるのは間違いないか(誕生日はいつなんだ~)』

とかいうことまで、膨大な箇所を、短期間に、細か~くチェックしてくれる。
ハルナはいつもきわめておおざっぱに書き進めてしまうので、
本当に校閲さんには頭が上がりません。
この時点で、いくつもの箇所を修正することになります。

ハルナにとって一番やっかいなのは、差別語。
身体が不自由なことを表現するのがむずかしいことくらいならハルナも知ってますが、
職業の卑賤にはお手上げ。いつも同じ単語でチェックが入ってしまう。
なんどいわれても頭に入らない。「女中」はだめだが、「侍女」ならいいとか…(あれ、逆だっけ?)

さらに、ハルナの本にあたった校閲さんが大変なのは、
やはり世界史的な考証。
ミケランジェロの時は、特にすごかった。
適当に設定した『ピエロの「娘」の一才の誕生日パーティー』に、
『この年一才になるピエロの子供は「息子」のはずだが』
という校閲さんのチェックが返ってきて、あわてたり…
そんなことなど、ほんの序の口。
書き終えてぼうっとした頭を、もう一働きさせて、
つじつまを合わせていく作業が、残っているわけです。

で、今回の『レーヌスを渡る金狼』で、ひっかかったうちのひとつ。
これは、校閲さんに渡る前の段階で、すでに編集さんが
「ここは~?」といってきて、ハルナも
「ああ、やっぱりそこか~」という感じだったひとつのことば。
それは、外来語でした。こんなような文でした。
『…樹海の愛でし姫というのは、ロマンチックなワコ爺がいいだした
響きのいいキャッチコピー に過ぎない…』
この「キャッチコピー」がひっかかったわけです。
そりゃひっかかるよね。

外来語(カタカナ言葉)や、今っぽい「はやり言葉」や「いいまわし」を使うことは、
歴史っぽいものを書いている以上、
あまり好ましくないと思っています。
だからたぶん『マリア』や『リーズ』あたりでは、まったく使ってないと思う。

次第に自分の中で、規制が緩くなってきて、使うようになりました。
よく覚えているんですが、決定的だったのは、
次のリュシアスのせりふ。
 『It's not fair そりゃフェアじゃない』 
このfairが、どうしても訳せなかった。
(ちなみに、どこのせりふかというと、アレ伝の6巻にでてくるせりふです。
私は自分の書いたものはほとんど覚えてな~い。
だけど、これだけは、こんなにも印象に残っているということは、
やはりこのとき、この訳せないせりふをどうしようか、
さんざん悩んだからだろうなあ)

私の頭の中で、リュシアスがそういうふうにしゃべったわけです。
(リュシアスのモデルは、50%くらいダグ・ロス先生(@『ER緊急救命室』)だから、
英語をしゃべっても、それほど不思議ではない)

私の仕事は、頭に浮かんだその英語のせりふを
歴史小説に馴染むようにうまく「訳して」、
話の中に取り入れることだった。それまでも、何度もしてきた作業です。
なのに、このせりふだけは、いまでもうまく訳せない。
しっくりくる日本語が、どうしても思い浮かばない。

そこでハルナは、くよくよ悩まず、開き直る(これぞO型の特権?)。
以来、多少の外来語はok、「解禁!」ということになりました。
やはり歴史物を書いておられるある作家さんが、
外来語が自由に使えないからという理由で歴史物をやめたそうで、
「いいなあ榛名さんは」といっておられたそうで、
いやはや…申し訳ない…。
(でもそんなこといったら、アレクサンドロス大王が現代日本語をしゃべっていること自体、
おかしいわけで…というのは苦しまぎれのいいのがれ)

つまり、最初に浮かんだ「せりふ」、もしくは「ことば」を、
うまく「訳す」という作業に、ハルナはずいぶん時間を費やしています。

そういえばハルナは、結婚してしばらく、通信教育で「翻訳」の勉強をしていました。
今から思えば、ああやって、同じ意味を持っていても、
よりきれいな文をあれこれひねり出す訓練をずうっとしていたことが、
いまこうして書いていることに、役に立っているかもしれない。

で、「キャッチコピー」に話が戻りますが、
これは、終盤、ものすご~い勢いで書き進めていた最中に勢いよく飛び出してきたことばでした。
あとから訳そうと思っていて、とりあえずそのまま文の中においておいたものを、
うっかりそのまま送ってしまったわけ。
もちろん「著者校正」で直しました。いくらなんでも「キャッチコピー」じゃね。
さあ、なんと「訳した」か。それは本文をみてのお楽しみということで。

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