movies

  • 庭好きじゃない人にもおすすめ♪クライブ・オーウェンが素敵過ぎ♪
  • 映画館でみた感動が忘れられない
  • 素敵な映画です。
  • いいんだなこれが
  • J・デップならこれ
  • A・ホプキンスはどんな役でも素敵
  • 原題『a good year』
  • 大河ドラマならやはりこれ
  • J・クルーニーが素敵なだけじゃなくて
  • P・ニューマンが好き♪
  • 邦題ほど、甘い映画ではない
  • ヨン様ファンではないけれど
  • とにかくせりふが素敵
  • 潮が運んできてくれる
  • P・ニューマンが好き♪

« 2003年4月 | トップページ | 2003年7月 »

2003年6月の7件の記事

工科高校の見学会 03/06/30

この春から長男が通いはじめた高校に行って来ました。
「面談」じゃありません。
「授業参観」でもなく、「PTA」の集まりでもなく
幸いにも、「呼び出し」をくらったのでもなく…。

参加したのは、「見学会」。
そんなあんた、住宅メーカーの建築現場じゃあるまいし。
見学会?
おもしろがって参加申し込んだら、長男ひとこと 
「迷うなよ」
 へ?どういうこと?

参加した保護者は、十人ほどの班に分かれ、
旗を持った引率の先生に引かれて、高校の中をぐるぐる…確かに広い!
そして、一年生の授業を「見学」したのでした。
いや~おもしろかったよ。
八カ所の「現場」…じゃなくって、「教室」を見学してまわったのですが、
ある教室では、化学の実験中で何気なく塩酸の大ビンが机の上にのっているし、
自動車エンジンをばらしているところもあり、
電卓みたいなのをはんだごて使って組み立てているところもあり、
きわめつけは、旋盤作業のクラス、
そしてもっとのけぞったのは、溶接のクラスでした。
まさに、火花散る金物工場の現場そのもの。
(長男の作業服のズボンにこげた穴があいてたのは、このせいなのね)
これらの「現場」…じゃなくて「授業」を、
全部の一年生が順繰りにすべて体験するのです。

生徒は、それぞれ十人ぐらいしかいなくて、
そこに棟梁…ではなく、専門の先生が、二三人ついてて下さってる。
生徒は、茶髪ありピアスありで結構おしゃれ…
でも表情は、みんな真剣そのもの(危険だから)。
高校生のこんな一生懸命、それでいて楽しそうな表情、
最近みたことないよ。
いい男が多いなあ~と思いながら、
私、思わず頭の中でことばのデッサン。
女の子もほんの若干まじっているのだけれど、
それがまた、さっそうとした、かっこいい娘ばかりなの。

実は、長男が入学した工科高校は、
二つの工業高校が合併してできた新設校で、
長男たちが、第一回生なんです。

成績からいくと、そこそこの普通科へ進めるはずだった長男が、
いきなり「工業系の新設校に進みたい」と言い出したときには、
面白いとは思ったものの、母として、かなり動揺しました。
昭和五十年代に高校生だった私には、
工業系の高校は、「恐い」というイメージしかなかった。

でも、長男が中三の夏に高校説明会があってね。
教頭先生の話を、じっくり聞く機会がありました。
その熱い内容を、すごくおおざっぱに要約すると…

(ここからはBGM「地上の星」でお願い)

「…奇跡の高度成長を成し遂げた日本だったが、
バブル期を極めるに連れ、
しだいに「ものづくり」の精神をおろそかにするようになり、
同時に、工業系の高校も、冷遇されていくようになった。
その結果、いまの日本はこのざまです。
…日本経済を立て直すためには、まず工業系の高校を立て直していくしかない。
ものづくりの精神を育てていくしかない。
…今回新設されるこの工科高校では、
現場からの声を生かしていろいろな新しい制度を導入し、
最新の設備と指導陣を用意した。
また、就職率は、合併する以前から百パーセントだったが、
新設校では、半数以上の生徒を大学に進学させたい…。

(あ~あの熱血講演会の生の迫力は、とても伝わらないよ~~)」

とにかく、感動しました。
(おまえ、プロジェクトXに弱いだろうって?
はい。はっきりいって、めちゃめちゃ弱いです)

でも、この講演が効いたせいかどうか、
とりあえず受験の競争率が県下で一二を争うくらい高くなってしまい、
当然、 入った一年生のレベルも、相当上がったという話です。

入学手続きの日に
いきなり「作業服の採寸」があったのにも驚かされたけど、
見学会にいって、ますます驚かされ、
そして楽しみになりました。
二年生に進級するとき、電気系、化学系、機械系のいずれかの系を選び、
三年では、さらに専門的なコースに別れてみっちり勉強するそうです。
私たち夫婦が納めた県民税を、たっぷり取り戻しておくれ。

横で話をきいてた次男に、
「あなたもいったら」と、まじですすめました。そしたら、

「やだね。おれもう決まってるから」
「へ?」「横浜高校いって、甲子園!」「………」
ああ、こいつらの無限の可能性ときたら。
こわいので、長女にきくのはやめました。
三歳になる三男がなりたいのは、なあに?
「え~とね…おもち。」
別の意味で楽しませてくれます(笑)

ころもがえだ~  03/06/26

友人Mが、勝ち誇った目で私をみながら
ふっと笑った。
「うちは、終わったよ」
私、悔しくて地団駄ふむ。まだ終わってない~~~。

「そりゃMのところは四人いるっていったって全員女の子なんだし、
二歳ずつ離れているだけだから、
小さくなった服を、
順繰りに下の子にまわしていけばいいわけでしょ?
うちはね、そういうわけにいかないの。
歳が四つも五つも離れてるから、
小さくなった服をそのまま下の子にまわしたらぶかぶかなの!
押入で何年か寝かしておかなきゃいけないの!
(この寝かし具合が、流行もあってなかなかむずかしい)
それに、三番目だけが女の子なの!
つまり、そこだけピンクが混じるの!
男物はとばさなきゃいけないの。
だいたいこのじめじめ天気じゃ、冬服しまえないじゃない。
半袖だけじゃまだ薄ら寒いし~
(かといって半袖を出さないわけにいかないし~)」

毎年毎年この季節、本当にやっかいなのが
四人の子供たちの「衣替え」。

でも、何年も前に寝かせた服を押入の奥から発掘してくると、
こいつもずいぶん大きくなったなあと実感させられます。
(日々ごはんをつくってる私のおかげなのよ)
で、その服をちびに着せると、たちまちタイムトリップ。
上の子の小さかった頃がよみがえる。
この服を着た長男(現在高一)と、
手をつないで大山のケーブルカーにのったなあとか。

「子育てってどんな感じなんでしょうね」と、
yさんからメールきてます。
大変です。金かかります。自分の時間がなくなります。
責任も負わなければなりませんから、
子供を持つことを手放しでおすすめするわけにはいきません。
ぶっちゃけ、子供がいない人がうらやましいときもある。

それでも、「子供がさずかった」ときけば、
「おめでとう!」と、心から祝福してあげたい。
大変なことがた~くさん待ってますが、
楽しいことも、山ほどありますよ。
山あり谷あり、笑いあり涙ありで、日々退屈しているひまがありません。
私にいえるのは、そのくらいかな。

ほんと、たまには退屈してみたいよ(笑)

松井選手のことば  03/06/25

巨人にいた「松井」という選手のことを、
私はほとんど知りませんでした。
高校時代からものすごくて、すんなり巨人に入って、
四番をずっと打っていたそうで、
ホームランの数もすごかったそうで…
と、知っていたのはそのくらい。
野球の神様に愛され、恵まれた環境と肉体を与えられた、
苦労しらずの天才。
それが松井の印象のすべてでした。

それが、最近がらりとかわりました。
一番の理由は、新聞。
松井が自分のことを語る連載記事を読んで、
とにかく、彼に感心してしまった。
大リーグで、みんなが想像していたほどいい成績がでない自分を、
冷静に見据えて語ってくれる。
彼のことばには、必ず毎回なにかしら教えられます。
最近では
「記者の書く記事は僕のコントロールできるものではないから、
一喜一憂しない。
悪く書かれて反発発奮するようなこともない。
僕は、僕のコントロールできることを、しっかりやっていくだけ」
とか
「つらい日々が続いても、気持ちだけは切らさないように…」
とか
「先のことを考えるより、いま、いま、いまと取り組む…」
記事を読むとこのひと、人の話もよくきいているから、
けっして独りよがりになってない。

実は、切り抜いた記事は、全部トイレにはってあります。
私はいいと思った記事は家族みんなに読んでほしくて
べたべたとトイレに張りつけるから、
うちのトイレは中坊公平さんの自伝とか、
スポーツ障害を防ぐ筋肉強化法の記事とかでいっぱい
(もちろんあいうえお表も)

「松井がんばれ」とはちょっと違う。
大リーグにひとりで飛び込んだ松井が
これだけがんばっているのだから、
私がもうひとがんばりできないわけがない、と思う今日この頃。
松井の好プレーをみて、まちがいなく元気をもらっています。
松井さん、ありがとう!

書けないときは  03/06/24

Mさんから、こんなメールきてます。
 「…ところで先生は
 文章を書くときは、毎日決まったページ数を書けるほうですか?
 私は書けるときには書けるのですが、
 なかなか思うように進みません。
 登場人物とあらすじができて、
 場面が思い浮かぶというところまでは割と詰まらずにいけるのですが、
 いざ文章化しようとなると、
 思うようにいかなくて……どうしましょう?」

「うんうんそうだよね」と涙しながら
深く深~くうなづいてしまった榛名でした(笑)。
私もそう。
なかなか毎日決まったページ数を書くことができません。
書けたり書けなかったりです。

いわゆる「根性!」で乗り切ろうとした時代もありました。
(若かったのね)
いまは、こう考えてます。
結局、
「書いていておもしろくないところ」は、
きっと
「読者のみなさんが読んでも、面白くない」はず。

だから最近は、「書けないところは、無理して書かない」。
「とりあえず、書けるところだけを書く」作戦をとっています。
思い浮かぶ場面やせりふだけを、とにかくどんどん書いていく。
すると、どういうことになるかというと、
編集さんに途中で読んでもらう時、
後半がほとんど「脚本状態」だったりします。
せりふばかりがえんえんと続いてるわけ。
「いったいだれのせりふじゃこれは~」
(ごめん!)

で、調子のいいときに、とばした部分にもどって、
できるだけ間を埋めていくわけですが、
前後がしっかり書ければ、間はけっこうはしょっても、
ストーリーが通ってしまったりします。
結局、書かずにすむということも多いようです。

岩を清水が流れるように、さらさらと書ける作家さんもいるんでしょうが、
とりあえず榛名は、いまこんな感じ。
三歩進んで二歩スキップとばし、四歩戻って、立ち止まる…
さらさら書けるようには、とてもなりません。
まだまだ修行が足りないよ~(涙)。

ということで、書いているみなさん、
榛名といっしょにますますはげみましょう。ね。

キャンドルで集中 03/06/23

昨日は夏至。
夜、電気を消してキャンドルをつけようというイベントがありましたが、
知ってたかな。
(百万人のキャンドルナイト http://www.candle-night.org/)

普段からキャンドル好きな私は、この夜のために、
通販で新しいのを買いこみました。
いつもはティーライトって
アロマ用に売ってる小さいキャンドルなんだけど、
昨日はなんと、福井の和ろうそく。
それを、どっしりした鉄製の手燭(てしょく)にセット。
手燭というのは、火のついたろうそくを持ち歩くための物ね。
形は、超小型のフライパン。
で、真ん中にろうそくを差すための突起がついてます。

とっても「端正」な炎でした。
芯が、和紙なんだよ。
だからかな。消した時の煙がとってもいいにおいでした。
これを手燭で持ち歩くと、気分はすっかり「大奥」。
でも、結構安定感があって、なかなか便利なものです。
なるほど、ちょっと前までは、こうして夜を過ごしていたんだなあ。
すっかり和ろうそく&手燭のファンになりました。

仕事できる時間が極端に限られている私は、
短時間で集中するために、いろいろな手段を試してます。
で、いまのところベストは、「しゅっ」と火をつけることみたい。
手元に火があるという適度な緊張感のおかげで、集中できる。
でもたばこは吸えないし。
それで、最初はお香を試したんだけど、目が痛くてだめなのね。
ドライアイなんだろうなあ。

いまは、ティーライトキャンドルをつけて、アロマポットにセットし、
上のくぼみに、
緑茶の葉っぱとか、ラベンダーの蕾、カモミールの花とか、
いろんなものをいれて、匂いを遊んでいます。
火の用心、火の用心(笑)。

ラジオが好き  03/06/20

今日は朝からちょっとびっくりするようなことがありました。
はっきりしない空の下、山のような洗濯物を干しながら、
いつものようにAMラジオを聴いてたんです。
NHKラジオ第一の「わくわくラジオ」だったんだけど、
午前10時からのゲストが、
詩人の長田弘さんで、
『ことばのだしをとる』という、すばらしい詩の朗読があったんです。
長田さんのファンだという村上アナの朗読も、すばらしかった。

実はわたし、長田さんの詩を読んだことがありませんでした。
感動して、思わず図書館に走りたくなって…
そういう内容のメールをささっと書いて、番組のHPに送ったんです。

そしたら、送信したとたんに村上アナが読みあげて下さって、
スタジオの長田さんが「照れた」そうで…
いやいや、全国放送で本名が流れて、
ほんの数分前に書いたメールをそのまま読んでいただくなんて、
なんだか変な気持ちでした。
言葉って、不思議な力があるね。

いま、NHKのAMは、かかる音楽もすごくおしゃれだし、
いろんなジャンルのゲストの話をきけるのが、とても刺激的。
家事も、平行してできたりします。
朝昼の番組もいいけれど、「深夜便」も味わい深いです。
ラジオ生活、機会があったら、ぜひおためしあれ。

防災頭巾  03/06/01

私は、生まれてからほとんど神奈川県民で、
「いつか必ず大きな地震がくるから」と
先生や親からいいきかされながら育ってきた。

つまり、ちょっと大きな地震がくるたびに
「ついにきたか?」とびびりながら、
この歳になるまで過ごしてきたわけです。
相模湾沖もこわいし東海地震もこわいし…
それに平塚は、伊豆方面で何かあっても揺れる。
十数年前に大島が噴火したときは、
夜になると高台からきれいに(?)赤い火柱が見えたそうだし、
強い南風が吹くと三宅島の硫黄のにおいがしたり。

「なんという危険地帯に住んでいるんだ~」と、
アメリカの友人に絶句されましたが、
たしかに、あらためて考えて見ればそうかもなあ(笑)。

先日、関西から友人が
子連れで神奈川県に引っ越してくることになった。
「ねえ、防災ずきんを小学校にもってこいって先生にいわれてん。
いったいどうやってつくるん?」
ときかれてびっくり。
「親がつくらなくったって、
そんなの街のどこにでも売ってらあ」
といったら、えらくびっくりされてしまった。

子供が小学校のいすに
「防災頭巾にもなる座布団」をおいてるのって、
日本全国当たり前じゃなかったんだねえ。

でもどっちにしろ、
あんなものを子供たちが実際に使うことにならないよう、祈るばかり。

« 2003年4月 | トップページ | 2003年7月 »

無料ブログはココログ